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ピーターパン症候群になり
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いよいよ来月の6月7日~8日に迫った、D1 GRAND PRIX TOKYO DRIFT in ODAIBA!
待ち遠しくてたまらないがドリフトの歴史について少し。発祥の地は日本。1980年代初期はまだグリップ走行が全盛で同80年代後半にチームを作って峠などストリートで流行する。拍車を掛けたのはやはり『ドリキン』土屋圭市のAE86で碓氷峠の全コーナーをドリフトする『ザ・峠(Part2)』と言うビデオで当時現役レーサーが公道にて許可なしに撮影と言うことで話題を呼びました。(仙台の西も必見の価値あり!)

1989年にはCAR雑誌 CARBOY(カーボーイ)主催のCBドリコンGP、ビデオオプション主催のいか天などクローズドサーキット使ったコンテストが徐々に流行り始めます。

1990年代に入ると走行場所を求め、あらゆる峠、埠頭などで毎週ドリフトジャムが行われていた。しかし日本の場合、流行り物には杭が打たれるもので取締りが強化され次第に衰えていくことになる。この頃、しげの秀一氏作 漫画『頭文字D』(イニシャル・ディー)が週刊ヤングマガジンに連載されドリフトバイブルとなります。

また、お決まりのパターンだがメディアに多く取り上げられた事でより厳しい取締りと法の改正でストリートはほぼ壊滅状態になるが、一部のチームは密な連絡を取り合い取締りを避けゲリラ的に走行していた。そうしてストリートでの走行が限界だった時、CARショップ&サーキットが重い腰を上げ頻繁にドリフト走行会が開催されるようになる。しかし、アベレージスピードが上がったことにより事故での破損修理金額はストリートの比ではなくなりました。

Youtube等の動画でも解るとおり、モアスピードとビジュアルが要求されるなか、各峠のカリスマドリフターを参入させスポンサーが資金提供し、モータースポーツ化させたのがD1グランプリ。近年はUSA等外国でも大人気で毎月のように大きな大会が開催されてるので今回は東京お台場での開催との事で海外の方たちの観戦も多いのではないかと思います。

TOKYO DRIFTというフレーズでまず思い浮かぶのはワイルドスピードX3 TOKYO DRIFT『The Fast and the Furious:Tokyo Drift』

2006年9月16日に東宝洋画系で公開された東京を舞台としストリートレース、スポーツコンパクト、ドリフト走行を題材としたカーアクション映画でドリフトといえばこれ的なバイブルになってます。

写真はスピードウェイパル製のFC3Sですが、Sunnyが作るRC ドリフトカーもそんな影響からスポコン系なノリが大半で日々車のデザインが頭を駆け巡ってます。

2 Comment:

yoshiken さんのコメント...

お初です。
コチラでも宜しくです。

昔は大井や大黒では、週末に何千台も集まって、ギャラリーも沢山いたものでしたね。

友人が横転して救援しに行った事もありました(笑)

Sunny さんのコメント...

昔が懐かしい...

週末はドリフトかゼロヨンかで迷ったものです。それくらい台数もいましたからね。

現在も少台数でやってるのを見かけますが、残ってる子達は流石にレベル高いです。